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ホーム > WOOFWOOFマガジン > まなぶ(manabu) > 【woofwoof ヘルスケア・リポート004】筑波大学大学院博士課程人間総合科学研究科(体育科学専攻)教授/医学博士 野村 武男





――水中運動療法を始められた経緯についてお聞かせください。
野村先生 人間は進化の過程で直立歩行になりましたが、それに伴って脊柱が重力負荷を受け、腰に負担がかかることで腰痛がつきものとなりました。しかし頭痛・肩こり同様、腰痛は軽い病気とみられてきました。もちろん椎間板ヘルニアや脊椎の分離症、脊椎カリエス、ガン等の重篤な場合もありますが、手術等の臨床的処置が必要とされるのは全体の15%程。残りの85%は、俗にいう筋膜性、つまり筋肉由来の痛みです。こうした腰痛に対して医師は痛止めや消炎剤を打ち、安静にするようアドバイスするくらいです。3日から1週間も寝ていれば痛みは収まりますが、根本的な原因は解消されないので、同じ生活形態で暮らす限り、再び筋肉バランスを崩します。
 20年程前に、腰痛者のための水中運動療法の研究を始めましたが、私がたまたま水泳に携わっていたことから、水に着目し、どうすれば腰痛が改善し、再発しない身体にできるのかを運動療法として研究したのです。当時から整形の医師の間でも、腰痛患者を水に入れると痛みが軽減することは知られていました。水中では浮力が生じ、抗重力の負荷が取り除かれるので、運動によって血液循環をよくし、筋肉を伸ばせば、腰痛を起こしにくい身体をつくることができる。そうした水中運動を通じて、筋肉バランスを整え、鍛えることで腰痛の原因を取り除く「腰痛水泳」として提唱したのです。当初、医師はリハビリ効果に懐疑的でした。しかし、患者自身は水に入って数ヵ月運動を続けると劇的に改善されるので、次第にその運動療法が認知され、腰痛水泳が全国的に広がりました。加齢や運動不足、肥満に伴う整形外科的な疾患は、水中運動療法で特異的に良くなることが実証的にわかってきたのです。
――なぜ水中運動は効果があるのでしょうか。
野村先生 水には浮力・抵抗・水圧・温度という特異的な利点があります。まず浮力によって重力負荷が軽減され、患部等に負担をかけずに運動できます。また水の抵抗は非常に柔らかいので、ゆっくりとした運動ができ、水の粘性抵抗で関節の可動域は大きくなります。重力抵抗がないので、陸上で膝を引きずっている人でも膝が上がり、転ばなくなるのです。そして水圧による血行促進、水温を利用した温熱・寒冷療法で血管の調節作用を良好にします。熱いお湯に入ると、温熱作用で血管が開いて表面の血流が良くなり、逆に冷たい水に入ると、血管が急速に縮んで熱を外に逃がさないようにし、身体の内側に貯め込むのです。水中運動は、こうした物理的な水の特異性を複合的に利用することで、さまざまな身体機能を活性化し、陸上運動に勝る効果が得られ、特に関節障害やリウマチ、関節炎等の機能回復に効果的です。



――水中運動は、家庭犬にも、人間同様の効果が期待できるのでしょうか。
野村先生 以前、競走馬のトレーニングで、人間の水中運動のノウハウを活かし、アドバイスをしたことがあります。主にレース後の筋肉のリラクセーションが目的ですが、温水の中で歩く・泳ぐことで疲労回復に役立て、4足歩行の動物にも効果的なことは実証されています。犬は人と生活するようになったことで、生活習慣病やストレス等、疾患自体も人間化してきています。高齢化も人の7倍くらいの速度で老い、最後は寝たきりになる。リハビリの最終目標は可能性を引き出すことで、それは人も犬も変わりません。始める時期は早いほどいい。人間は寝たきりになった時点から退行現象が起きますが、動物も同様です。犬にも日常生活を送る上で不可欠となる基本的な動作(ADL/Activities of Daily Living)があるはずで、散歩で15分歩けるといった活動量のメンテナンスや、加齢による機能障害、肥満や事故による欠損・障害に対して、抗重力から解き放つ水中運動療法は、人間同様の効果があると考えています。例えば、肥満犬の場合、通常は食事療法によるダイエットから始めます。カロリーコントロールは大切でも、それだけでは機能が落ちてしまうので、そこに水中での運動療法を加える。水の抵抗は空気抵抗より大きいため、陸上よりも水中の方がエネルギー消費量は多くなります。肥満や欠損、歩行能力の衰えた犬の場合、水中で運動させた方が有効的でしょう。ストレス解消のためのリハビリテーションとしても、不安やストレスを低下させ、精神の安定効果もあるはずです。実際、アメリカでは犬のリハビリテーションが一般的になっています。今後は、犬の機能障害に対する予防医学・行動療法(リハビリテーション療法)が一般化し、陸上運動だけでなく、水の特異的な利点を生かした水中運動として広まるものと思われます。
 私も現在、「健康維持・増進」と「手術・治療後の機能回復・改善」を目的とした、犬の健康科学・予防医学に関する水中運動プログラムの開発に携わっています。犬の疾患・症例に熟知した獣医師の方とコラボレートしながら、これまで培ってきた人間における水中運動療法を応用し、水の物理的特性を活かした犬のための運動療法として、予防医学的な健康づくり、機能欠損のリハビリテーションに活かしたいと考えています。犬が人と暮らす限り、こうした運動療法の必要性は高まっていくでしょう。

筑波大学大学院博士課程人間総合科学研究科(体育科学専攻)教授/医学博士。1966年、東京教育大学体育学部卒業後、フィリピン大学ナショナルチームのコーチとなる。’74年、米ウィスコンシン大学大学院に留学。’83年、文部省在外研究員として、米インディアナ大学体育学部で「水泳のトレーニング方法の開発」を研究。’96年、文部省学術振興会先端拠点学術研究員として、独ギーセン大学医学部で、水を使った中高齢者の健康作りの処方・寝たきり防止のため水治療に関する研究を行う。文部省の依頼で整形医学的見地を踏まえた中高年に関する運動療法で先駆的なプログラムを発表、現在、全国の主な施設の標準プログラムとして採用。水中生理学を中心に、運動と栄養摂取との関係、水を使った心身の運動をアクティブとパッシブの両面から追求し、中高齢者の健康処方を完成。水中運動・温浴効果等の研究に関する第一人者として世界的に注目されている